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詩と途中経過


詩を3篇。





「大嫌い」


朝が来たら忘れてしまう。
光を浴びて、消えてしまう。

大嫌い大嫌い大嫌い。

私じゃない体でしか、ここじゃない時間でしか、吠えられない。大嫌い。

大嫌い大嫌い大嫌い。あなたなんか、ずっと嫌いでいてしまいたい。

朝が来たら忘れてしまう。






「他力本願」


うわあああああああああああ来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで誰も入ってこないでいやだいやだいやだいやだここに居たくない居たくない来ないで来ないで来ないでいやだいやだ誰も入らないで私の中に入ってこないでこわいこわいこわいいやだこんなところうるさいうるさいいらない見ないでこわいこわいこわいいらない私はあなたもいらないいらないいらないいらないこないでこないでいまはだれもいらない今は 誰も いらない






「金が欲しい」


金をください

金が欲しい

言えよ みんな金が欲しいんだろ

足りない

変わらない顔をした、

それがいくつでも欲しい


誰にでも叫べる安らぎをください






〇 〇 〇


さいきん、嫌いだと頻繁に思う。
禁止してたらいつのまにか、湧かなくなった感情を、絵で取り戻しています。

中学校で不登校になって、誤解だったのに何も言い返せなかった時から、ずるずると、何かを嫌いだと思う感情を、封じ込めていたようです。

どんなに嫌いな事や人でも、嫌いだけじゃない、好きな部分を尊重するように心がけていました。
耐えられないことがあったときは、なぜか自分の責任ばかり責めていました。
ただ言い返せないというより、綺麗事に聞こえるけれど、自分が受けた傷と同じものを相手に微塵だって付けたくなかった。

その思いは年を重ねるごとに肥大化して、相手を嫌いだと思うことすら、傷をつける行為に感じられた。
向けられる感情を何一つ跳ね返せずに、自分の許容量を超えた分は、過呼吸や摂食障害といった身体症状になっていった。
不登校になって1日じゅう腹を下し、トイレから出られなかった日々から、やってることは何一つ変わらず、悪化しているように思えました。

傷をつけたくないと言いながらも、1番傍にいる人には強く当たり、また、涙を流して祈った人を心から恨んだこともありました。自分は今も昔も、矛盾の固まりでした。

精神不安定が身体症状を起こすのか、身体症状が精神不安定を起こすのか、もう分からない混濁とした状態で描いていたのが、だいたい去年くらいの絵です。
個展に出した絵も全てがそうで、ひたすら現状からの救済と、脱出願望と祈りと、そして同じだけ、他者に施したいと思いながら描いていました。
水辺は涙で、明かりは、伸ばした手の先にあると信じる希望です。マリーは無意識に、それを描いていました。


個展や絵の仕事をするにあたり、不安定な状態では居られなくなくなったので、少しずつ、軌道修正を試みました。
打ち合わせを円滑に進めたり、自分の絵を売り込むために、自身のコントロールは必要不可欠でした。

しかし心や症状は易々と改善する訳はなく、上り下りの激しい波に愕然としたり、不甲斐なさから自分を責めて、さらに悪化したり、また、精神が不安定なほうが、頑なに純粋な瞳で描けることに気づいてしまったり、
右往左往をしながら暮らしていました。

描くために生きるなら、そのままでも良かったと思います。
どんな精神状態でも、描いたなら世界になるし、傷つけたくない、でも苦しい助けてと、あがく瞳は正直今より綺麗だったと思います。それはそれで、きっと絵が描けた。

でも私は絵を描くために生きているのではなく、生きるために絵を描いています。
もし絵が全く描けなくなっても、私は生き続けると思います。絵のために生きているのなら、描けなくなる=死でしょう。
絵と共に生き続けるために、これまでの信じてきたもの、自分の心を多少汚してでも、此処から出ようと、あがいては決意を繰り返しました。


以前ある人に尋ねられた時、わたしは「絵は逃れられない豊かな呪い」だと答えました。

私が描けないときでも、絵は膨大になり続けて、描けない状態との間で苦しみます。3日ほど描かないと、禁断症状なのか、自己嫌悪と精神不安に陥ります。
自分が進めない時は、呪いのようでしたが、絵とともに進める今は、生きるのに不可欠な、師であり親友、伴侶だと感じています。私が成長すると絵も進み、また絵の世界から多くを学び、1枚を描き上げる前と後では、自分の状態が明らかに変化していると感じます。


そんな訳で、脱却を繰り返し、進んでいく過程を絵に残したいと、いま描いている所です。

進む中では、否応がなく剥がれていくものがあります。純粋さ、無垢、あどけなさ、など。
剥がれる痛みは常に感じています。その度に決意し、不安なら何度も考えます。

冒頭で触れた、なくしていた感情。進むたびに、今まで感じなかった分も含めて襲ってきます。
いまの絵を描きはじめた時、感情が爆発して、毎日何かに怒っていました。
抑えていたことに気づいたら、歯止めがきかなかった。関係のない人にも、沢山ぶつけてしまいました。

だけどこの絵を描くためには爆発は必要なことで、乗り越えるために、見ないふりしていたものを全て出さなければいけなかった。そのときは、この一枚を描くためなら、いままでの人間関係が全て壊れてもいいと思っていました。

傷つけてしまった人、ごめんなさい。
「誰も傷付けたくない。」が、始まりだったのに。

嫌だと思うことを自分に許しても、感情の排出方法は、常に模索していきたいです。
まだ手探りの感情と、うまく共存していきたいです。



そんなものがこもった、移ろいの絵。完成したら、見ていただけると嬉しいです。


読んで下さり、ありがとうございました。
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